御徒町にインド人が大量に出没する理由は 御徒町はなんと宝石激戦区だった。

上野動物園のシャンシャン人気に沸く御徒町 この街に今インド人が続々と集まっている!そのお目当てには女性たちに人気のあるモノが。

ある物というのは宝石の事。御徒町といえばアメ横が有名だが、反対側の出口は宝石店が多く、宝石展の激戦区なのだ。

どういう事かというと

御徒町付近は数え切れないほどの寺社があった。(上野、浅草にも近いので)

そのため、仏具、銀器の飾り職人もまた多く集まってきた。

明治の中頃になると指輪を製作・加工する業者も増えた。

第二次大戦後には、米軍の兵士が上野で時計やアクセサリーなどを売買(今のアメ横)

職人たちが時計やアクセサリーの修理や加工を行いその品がアメ横で売られるという構図。

ということのようだ。

街作りと共同セールの開催を目的として、1987年(昭和62年)9月、上野五丁目と三丁目のジュエリー業者159社が集まって「ジュエリータウンおかちまち」(略称・JTO)が設立された。1989年(平成元年)頃には御徒町地区だけで1,000社以上もあると言われていたが、過当競争と景気低迷で数が次第に減り、2000年代に入ってからは半分程度になったと言われ、インド人業者の進出がめざましい。

現在では多くのインド人宝石商が活躍している。JR御徒町近くのビルの一室にはジャイナ教の小寺院もあって朝夕に信者が訪れる。

昔スイスは時計生産技術の国外移転を禁止していた事情があった。現在インドには国産時計「HMT」ブランドが製造販売され人気を博している(HMT工場所在地:バンガロール=ITセンターで世界的に有名)。これは日本の技術援助でできたウォッチである。

当時、筆者は長期にわたり全インド各地を訪れ時計市場調査を行った。そこで気づいたのは時計・宝石・貴金属商にジャイナ教信者が多いことであった。

デリーにはJayna Time Co.というジャイナ教信者経営のクロック工場がある。ジャイプールには、Jain Jewellery Factoryがあり、ムンバイ(旧ボンベイ)のダイヤモンド商人にもジャイナ教信者が多い。

ジャイナ教は、インド固有の宗教で、戒律は厳しく、「うそを禁じ、信用第一」を重んじている、彼等とビジネスを一旦始めると信用取引は間違いがないといわれるほどである。

インドの国勢調査によると、ジャイナ教の信者は420万人でインド全人口の0.4%。しかし、ジャイナ教の団体によると、インド個人所得税の2割は信者が納めているという。

インド商人を印僑というが、ビジネス界でジャイナ教信仰者が多く国内外で活躍している。彼等はジェインと名がつけば、過去に一度も顔を会わせていない相手でも、名前を聞いただけでそれほど苦労しなくても取引に応じてくれるほどである。

インド商人は、総じて語学力が強い。英語はもちろん日本にいるインド人は日本語が驚くほど上手だ。また計算が速い。数学思考の原点であり、コンピュータサイエンスの基礎概念である零「ゼロ」という数を発見したのはインド人だ。日本の九九は「9×9=81」までなのに対し、インドの子供は義務教育の段階で「19×19=361」まで暗記させられるというからすごい。ジャイナ教信者の人たちは完全なヴェジタリアン〔菜食主義者〕で食生活はもちろん日常生活の戒律も厳しい。

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